ヘルプカードをつける

長男Y君 comments(0) - U-I

この前子供向けイベントにいき、Y君とはぐれてしまいました。

この遊びエリアにいるだろうというのはわかっていたのですが、3回は探しに来たのに見つけられません。

ものすごく広いわけでもなく、柵で仕切られたエリアです。


他の所もぐるぐる周りながら、それでも見つけられず、迷子の放送してもらいました。
でも2歳児が放送聞いて自分で本部に来れるわけもなく。


その日の写メがあったのでスタッフさんに見せたら、すぐに見つけてくれました。



居たのは、やっぱり、あの遊びエリアでした。


この前書いた記事、
見る力
でも触れていたけれど、今回はもろにこの能力の低さのせいで起こった事でした。


私が3回も探しに行ったところに、居たのに見つけられなかった。
写メを一目見ただけの人が、ものの数分で広い会場でY君を見つけ出した事。



私はこのままでは子供を守れないと実感しました。
私が普通の人なら迷子のおよびだしまでせずに、数分で再会できたのに。

20分以上かかりました。
Y君も、親が見えるところにいなくても一人で大丈夫な恐ろしい((( ;゚Д゚)))子ですが。




他にも困ったことは立て続けに、小さいこと含めればいろいろあります。


地域のおまわりさんが来て、この書類今書いて〜と言った。
私はわからなくて、書けなくて。なんとか書こうと、仕事中のパパにわからないところを聞いたら、電話でおまわりさんに後日にしてくれるよう話してくれました。



私名義のカードの事で電話がありました。
カードの仕組みについて私は全く理解できていないので、電話の内容もよくわからず、旦那に聞かないとわからないと答えたら、私名義のカードの事なので怒られました。
(。´Д⊂)



普段から私一人で子供連れて出歩いてるから、自分では難しいことがたくさんあります。

でも自分を犠牲にすればなんとか普通の人と同じ時間内で済ませる事が出来る等、調整は出来る。

けど、それではいけないのかも。






ヘルプカードというものがあります。

ヘルプカードとは
参考にリンクも一つ貼っておきます。
ヘルプカードはまだ新しいものなので浸透してなくて、配布してない県もあります。
ヘルプマークを知らない人もいます。



目に見えない障害がある人でも、これを目につく所につけておいて、困ったときには支援してもらえるというカード。

このカードを持った人が困っていたら、ヘルプカードの手帳を見せてくださいと声をかけて見せてもらう→どんな手助けが必要な人なのか、何が苦手なのかが書かれているのでそれにしたがって支援する。


もしくはこちらから手帳を見せて、「手伝ってもらえますか」と協力を求める事も出来ますね。



どちらにも勇気が必要なんですが。
生活が困難な人達にとっては、その勇気の壁を越えてでも助けを求めなければならない時があるし、
私も悩んだ末、子供を守るためにも使用することに決めました。


このカードがあるだけでも、お願い出来ますかと聞いたときに相手の反応は違うだろうと思ったからです。



「その商品はあちらにあります」
私はこれだけではどこにあるか見つけられずわからないので、手渡して欲しい。

「この先を右に曲がって二つ目の信号を……」
私は口頭だけでの説明が理解出来ないので、視覚でも確認できる地図を書くか、そこまで連れてって貰いたいです。

「こちらをご記入ください」
私は書くこと等が苦手なので、こまかくどこに何を書くのかをゆっくり教えてください。
漢字も教えて下さい、もしくは時間をください。
わからない内容があればわかるまでゆっくり説明してください。
提出が後日で良ければ代わりに旦那が書きます。


こんな感じの事を、書き方は違うけどいろいろ書きました。
そういう、その人に必要な支援内容を書きます。


ヘルプカードを持っているからと言って今困ってるとは限らないし、
マタニティマークなどと違って椅子を譲ればいいとは限らない。




これをつけるということで、知らない人はどうとも思わないけど、よく接する友達や知り合いの人に気を使わせたりするんだろうなぁと思って…ちょっとためらいました。


触れていいのかいけないのか、とかいろいろありますよね(^^;

よく遊ぶ子供関係の友達には、もうあらかじめこの手帳を読んでもらおうと思いました。


あとは自分がどう思われるかより、無理をして生きない方を大切にって思って。





子供とはぐれたときだって、すぐにそのエリアのスタッフさんに、「ここにこの写真の子が遊んでないか探してもらっていいですか?」と聞けば早かったんだよなーと感じました。

でも、そんなこと、普通の人はしない。
普通の人は頼まない手助けが必要なのに、言い出せない。

手帳を提示しなくても、上のような事を言ってきた人がヘルプカードをぶら下げていたら、びっくりはしてもとりあえず探してくれるかなーとか(笑)

目に見えない障害を、良くも悪くも見えるようにしてくれるんだって思ったら、使い方次第なのかなと思えました。





ま、私の学習障害がわかったのは去年ですからね。
小学生の頃にはもう自分の能力の低さには気がついてましたし、二十歳すぎてからは何が特に出来ないのかが少しずつ見えてきてはいましたけど(笑)

わからないままごまかす事に慣れていた30年近い経験を、ここでがらっと見つめ更新させるのって、ちょっと難しい部分もあったり…。



でも、もう何が苦手なのかはっきりとわかってきてるから、克服は出来てる…出来始めてるらしいです。






次は、Y君の最後の個別相談(カウンセリング)での話とこの先の事を記事にしたいと思います☆


まずは動く

U-Iの日 comments(0) - U-I
もともとバンドのお誘いが出る前、去年の夏頃から、音楽活動がなんとか出来ないものかといろいろと調べていた。


そこでひとつ見つけたのがママさんブラス。


ここらへん一帯にママさん向けブラス団体はかなりあるけど、私が出来るフルートはいつも募集してない。

でも、ひとつだけ、全パートいつでも募集してるところがありました。


練習場所は電車でちょっと移動しなきゃいけないけど、ママさんブラスともあって子供連れていけるし、練習は昼間。

本番さえ子供連れていけるって言う、まぁ私がやりたいガッツリ系では全く無い所なんだけど、でも今の母親としての私はそれがいいのかなって。

しかも、歌のお姉さん募集ってことで、唯一吹奏楽で歌も出来るらしい団体。

曲は基本的に子供向けのものだし、保育園とか子供向けイベントでの出演なんだけどね☆

選り好みしてるよりはとにかくやって、自分を磨き続ける方がいいと思った。




なんと、明日行く子供向けのお祭りで出演予定らしいので、生の演奏を聴いてみようと思います( ゚ー゚)


良ければ連絡してみよーっと。
歌のお姉さんでもなんでも、全力でやる!

募集してませんってなりませんように(^^;







子供達が小学生とかになって自分の時間が増えたとして、パパも繁忙期今のまま忙しいようなら次の子供はもう望めないし。


そうしたら、今度はオーディション片っ端から受けまくろうとか思ってた。
オーディション趣味です的な勢いで。(笑)


歌じゃなくてね、声の仕事。
昔から興味あって、けど滑舌悪いしってはなから諦めてたやつ。

養成所行ってないのに、しかもこの歳からってちゃんちゃらおかしい話だけど、今自分の事がわかった状態で、昔のようになにもしないのはナシだなーって。


成功を目標にってわけじゃない。志が低いって思われるかもやけど(笑)
小さな仕事でもなんっでも全力でやって、真剣に向き合って力出して。
出来ることややりたいことで達成感や喜びを感じる。
そうやって自分磨き続けたりしていきたいっていうのが目的。

事務所のオーディションなのかなんなのかすらまだよくわかってないけど。
そこからのスタートも楽しめたらなーって。

こういう考え方は、たぶん学習障害の凸凹が30手前になってやっとわかった私だからなんだろうけど。

結婚した23から働いてない。
それ以前もうまく働けなかった。
働きたい、というか社会に入りたい。
作り上げたり生み出したり、そんな作業をしたい。
生まれつきの能力の低さを感じながらその場にいるのではなく、努力次第でのばせる物を持ちながら皆と同じ感覚でその場に居たい。



歌って道はすごく限られていて、相方探しもしてみる価値はあるのかもしれないとは思ってるけど、私の求めてるものはそこにあるのかどうかって、疑問で。


今度カラオケ行ける時には改めて参考音源撮って募集の為の準備はしておいてもいいのかなって思ってるけど、
でも、Y君が来年度から発達系教室に通うかもしれないなーとも思っているとやっぱり、今は今のペースがあるのかなって思うし、いつかの話で単純にバンドで真剣にやりたいって言ってるのは、どうなんだろう?。

ボーカルクビになったのは、子供と向き合うっていう、こういう運命があったからかなーとか今は思ってて、よかったのかもなぁなんて。


この先バンドという形にこだわっていつまでもやりたいことができないなら、新しいやりたいことを開拓するエネルギーためておこうと思った次第。



今はまだ子供が小さくて動けないから、今は今出来ることからって事で。




何かやってないと、自分がダメになる。





今日警察の人がパトロールで来て、重要な書類を書いてくれって紙持って来た。


私にはよくわかんなくて、書けなくて。
結局パパにSOSだして、電話でおまわりさんと話してもらい紙の提出は後日にしてもらった。



あー情けない。
ここにいながら何も出来ず、人の手を煩わせて。
私はここにいるのに、周りにとって不便というかなんというか。



その前にも、私のカードの事で電話が来たけど話がよくわかんなかったんだ。

そんなんで、大丈夫なのかよ、なんか出来んのかよって感じだけど、ね。

子の成長とイヤイヤ期

子供達の事 comments(0) - U-I



Z君、つかまらずに立てるようになってきました。

階段ものぼるので、家にある滑り台にのぼってしまいます(^_^;)

けどさすがに一番上にはのぼらず、ここでママが滑らせてくれるのを待ってるようになりました(笑)
とはいっても、一番上に登ってしまうこともあるけど(|||´Д`)

たまぁに2〜3歩歩くので、もう少しですね!
もうちょい早くに歩き始めるかと思いきや、たくさんハイハイしてくれてます☆

どうも笑いのツボがあっちこちにあるのか、それとも興奮しやすいのか、笑い出すと何でも楽しくなってケラケラ笑います。

Y兄にドンと押されて倒れ頭をぶつけようとも、楽しいときにはキャッキャと笑ってる(^_^;)


怖いものもあるけれど、わりと何をしてても楽しめるみたいです。
ご飯は軟飯から普通の固さになりました。卵がまだダメなので食事内容には気を使う…食べられるようになったらもう少し楽になるかなぁ(^^;




Y君は、イヤイヤ期真っ只中というところ。

最近は、イヤだ(いやな)と連呼したりもしますし、いちいち反抗?します。


「公園いこー」
Y「こうえん、いかなーい」
「靴下はこー」
Y「くつした、はかない!」逃げ回る

しなーいとか、逃げ回るとか(^_^;)
保育園のお迎えも、喜ぶのははじめだけで、靴を玄関に用意するととにかく全身で暴れまわって拒否。

笑いながら嫌がってるけど、あまりにも時間がかかるので最終的には力付くで。そうすると泣き出したり(・・;)
でも切り替えは早いので履き終われば帰るモード。

あとは、
「はぶらししよー」というと、なぜか
Y「おちゃのむー」と泣き出す。

本当ははぶらしが嫌なんだけど、その前にお茶を飲みたいという気持ちに反抗心をすり替えてるのかなぁと。

こういうことは結構多くて、オムツを変えようとかそういうときに、持ってるおもちゃが落ちて「おちたー」と泣いたり。
若干パニックになりながら、「ぶーぶ!ぶーぶ!」と騒ぎ立てるときも。
これは、ミニカーを両手に持ってないとはぶらし出来ないってこと。
なので、パニックになっても冷静に「もっておいで」と言って持たせるか、「はぶらしするから何か持っておいで」と事前に言うとかしないといけない←

いやお茶飲めばいいやん、落ちたなら拾えばいいやん、持ってこればいやん(^^;でもなんか出来ないんですよねー(笑)


でも歯ブラシは、お気に入りのぬいぐるみかミニカーやボールを持って、いつも通りソファーにごろんすれば、脚はバタバタして蹴ってくるけどとりあえずは抵抗せずに歯を磨かせてくれるようになりました。


あとは…なんといってもご飯時のイヤイヤ。
Y「フォークないない」
「いいよ、ないないするね」
Y「フォークぅ〜フォーク〜(。´Д⊂)」
「使うの?はいどうぞ」
Y「フォークないない!」


これエンドレス(笑)
ご飯食べる食べない問題や、寝んねするしない問題など、こういうやり取りがとにかく多い。


やりとりを繰り返して、「じゃこれで最後だけど、どうする?」って聞いたら素直にしたがって終わりにする時もあるけど。





お昼寝はさせないと疲れすぎで寝る前のギャン泣きに繋がる。
でも午前中遊びに行って帰ってこないとお昼寝素直にしてくれない。
午後遊びいくからお昼寝しよー、じゃダメ(|||´Д`)
かといってお昼寝無しで午後外へ活発に遊びに行くと、夜寝るのが悲惨。

1日友達と外で遊ぶ予定の時も、夜ご飯ほとんど食べないし寝るのもギャン泣きになるしで、しっかり管理しないとこっちが大変( ̄▽ ̄;)



あまりに疲れすぎてると夜中(22時頃)に1度起きてしまうので、お昼寝(一時間以内)は必須だし、毎日の過ごし方に頭使う。




逆に言えば、規則正しく7時起床、午前公園遊び、お昼寝30分〜45分(起こす)、夜ご飯17時、お風呂18時頃、19時頃就寝が出来る日は、だいぶ楽でスムーズに過ごせるんだけど。


寝る前の、あれこれ理由つけて寝る時間引き伸ばそう作戦に出られるとそれだけでこっちが疲れてしまうよ!Σ( ̄□ ̄;)


でも、やっぱコミュニケーションとりながら、公園でめいっぱい遊べるのは楽しい。
一緒にサッカーして走り回るの楽しい(笑)
その間はZ君が放置気味になるけど、二人とも一人遊びも上手に出来るからかわりばんこで遊んだり、一緒に遊んだり。





パパの出張土産。






 

見る力

大人LD comments(0) - U-I

日頃から見るという力に困難を感じていて、Y君も同じ傾向が見られてる。

視力とは関係ない所で、見る力っていうのがLDでは弱さがあるんやけど、それをちょっとメモ。


共同眼球運動
(見るものに視線をすばやく正確に移動する能力)

 視線を物に向けるということは、情報を取り込み、それに対応するための第一歩。

 この機能に弱さがあると、本を読むときに大きな障害になって、行や文字を頻繁に飛ばして読む、内容が理解しにくいなどの症状がみられることがある。


難しいことはよくわかんないけど、見るにもいろいろな機能が使われてる。

共同眼球運動能力に弱さがあるときに見られる特徴
○書写・板書が苦手
○物を見つけられない
○読みが非常に遅い
○同じところを繰り返し読んだり、読み飛ばしたりする
○行を飛ばして読む
○文字の順番を間違えて読む
○球技が苦手


○印は私が昔から感じていたこと。
物が見つけられないっていうのは普段の買い物からも感じられてることで、パパをイラつかせてしまったこともあるし、外では信頼できる友達に変わって探してもらったりもしてる。


両眼視
(両眼のチームワーク、両眼の内よせ・外よせ)

まぁ、立体を感じたりとかいろいろなやつみたい(笑)

この機能に低下があると、疲れたときに物がダブって見える、一つに見るために多くのエネルギーを必要とするから頭痛や肩こり、子どもの場合だと自然に近くの作業を避けるということにつながる。


両眼視に弱さがあるときに見られる特徴

△ものがダブって見える
○目がすぐに疲れる
△見る作業を続けると頭痛が起こる
×片目をつぶってものを見る
△顔を斜めにしてものを見る
○すごく近くによってものを見る
○遠近感がとりづらい
○球技が苦手


△印は、そんなに頻繁にはない。
顔を斜めにして見るっていうのはわからないけど、ノートをかなり斜めにして字を書くのは昔から言われてた。
目が近いって言われてもいたんやけど、ノート書くときと読むとき相当近かったみたいで、気がつくと顔面つくんじゃないかくらい近づいてた(笑)

球技が苦手っていうのは遠近感が取りづらいっていうのと同じことで、ボールが近いのか遠いのかがわからない。
バドミントンとか得意な方でよくやってたけど、苦手な角度に入った時や、ネットを越えてるのか越えてないのかがわからず空振りするのはわかってた。。







調節
(見ているものにピントを合わせる能力)
 

調節に弱さがあるときに見られる特徴

△近くのものを見るとすぐに疲れる
○ものがボケて見える
△見る作業を続けると頭痛が起こる
○異常に眩しさを感じる
△顔を斜めにしてものを見る
○目をよくこする
○見る作業で集中力がすぐになくなる


見る作業を続けると頭痛がっていうのはわからないけど、イライラしてしまったり集中力がなくなるのはわかる。
眩しさは普段目が疲れたときによくあること。
上手くピントを合わせられずに見たいものがボケてしまうこともたまにある。
というか景色全体がボケてしまって、何も見てないみたいな状態になっちゃってる。



視知覚
(目から入った画像の分析)



脳は、見たいものだけに意識を向けて、見たいものや見なくてはいけない部分にだけ注意して、見なくていい背景を無視することができる。これらが視知覚という能力。


視知覚に弱さがあるときに見られる特徴

○数字、かな、漢字の習得が困難
○よく似た文字や図形を見間違える
○始まりや終わりがよく似ている単語を間違える
△鏡文字がみられる
○大きさ、量、場所など数学に必要な概念の理解が難しい
○小さな違いをみつけられない
○大まかに分類してしまう傾向がある


ここは、もう○というか◎かも。
問題として、例えば似た記号が出て、この中で違うものは?となったときはわりと見つけられる。
ウォーリーを探せとかも出来る方かも?
でも、それはよし見つけるぞーという気持ちの準備や集中力を集めることで出来るようになるって感じ。
日常生活のなかでとか、文章に紛れていたりとか、そういう時に、似たものを見間違えてしまうことが多々ある。


鏡文字とはちょっと違うけど、例えば「絡」とか、二つの文字がくっついてる漢字になると、各と糸を逆にして書いてしまう。
実際に書いて、自分で目にしたときにやっと間違えに気づけるんだけど、書いた字を確認せずにいるとそのまま(笑)

大きさ、量、場所、数字、単位は意味不明。
1ミリから10センチくらいまでなら、定規を頭にイメージすれば何となくで判断出来る。
けどそれ以上の数字は全くイメージがつかないので、距離やリットル、大きさとかの概念無いな…
場所も覚えられないから土地勘全く無くて、人との会話で場所の説明は出来ない。


大まかに分類するっていうのは、細かい違いが理解できないから、なんとなくで「これと一緒だろう」とざっくり分けて終わりにしてしまう。

例えば、サッカーとかのチーム、いろんなチームが場所別にあるけど、そういうのがどうしてもわからない。
ファンからしたら怒りをかう発言になりかねないので気を付けてるけど、別々の全く違うチームも全部同じに感じてる。

野球だってそう、なんとなくそんな名前のチームがある、っていうのはわかってるから話わかってる風にきいてるけど、実は相手の言ってる事半分も理解してない。



「つまりこんな感じでしょ?」っていうと、「全然違うから!」と怒られる事も多い。
適当な人間に見られるんだけど、適当とうよりわからないからなんだよね。


学習障害(LD)の本で、[怠けてるわけじゃない]みたいな雰囲気の名前の本があるはずなんなけど←
それ通り、怠けてるとか適当とかって態度に取られることはとても多い。

雰囲気でしか理解できてない事を、自分としてはわかった気でいるから、他の人に話したときに「え、ちがくね?」となることもまた…多すぎるくらい…



こうなると発言するのも怖くなるんだよね。


知らないところで、皆は私には見えてないものをしっかり見て共有してるんだなとか。
私には理解できてない事をたくさん、当たり前のように知ってるんだなって。


そりゃ悲しくなる。
自信は無くなるし、自分をせめたりもする。
何か問題が浮上すると、また自分が何かしちゃったのか?!とものすごく不安になる。




最後にこれ。


目と手の協応
(目と手のチームワーク)

 目から入った情報は、常に体を動かす機能と連携してて、特に目と手は学習やスポーツなんかで重要。
目と運動機能の連携がうまくいっていないことが、不器用さの原因になることがある。



これが、運動が上手く出来ない悩みに繋がる。
まっすぐ歩けないとか、二重飛びやドリブルが出来ないとか(笑)
体の動かしかたがわからない。

自然に学べない。








Y君は、ガラス越しの目の前に、うちの犬を抱えた人が立って手を降ってても、見つけられない。
私が、ほら、赤君にバイバイしてって指を指しながら言っても明後日の方向を見てる。
まずは指をさしてるってのに気づくように、顔の前に手を持っていってから見てほしい方向を指すよう気を付けなきゃいけない。


けど1度理解できれば、次の日同じ事をしたときにすぐに見ることは出来る。


遠くにあるものを指差して、言葉で伝えても、耳からの情報だけでは理解できないので目的のものを探すことは出来ない。

信号を、まだ見付けられたことがない。
絵とかで教え、赤信号青信号、上にあるんだよーって情報を染み込ませてからなら、もしかしたら見つけられるようになるかもしれないけど、
とっさに「あそこの信号赤だねー」って言われても視線は宙を浮くだけ。


0歳の時、シャボン玉を見つけられないのに気づいて居たけど、それがまさにこう言うことだった。



こういう見る力ってトレーニングすることが出来るらしい。

やり方とかは知らないけど。
でも、やっぱそういう苦手なことをするのには普通よりもエネルギーたくさん使うから、すごく疲れるしストレスにもなるんだよね。


Y君くらい若いときからやれば、もっと視野が広がるのかな。



こういうことを、いつか相談できる人と出会えるといい。

Y君まだ2歳だしなー(^o^;)

これから幼稚園や学校とかの連携が待ってるかもね(笑)


 

6ヶ月間の取り組み

U-Iの日 comments(0) - U-I

全身使って泣いたら、身体中が痛くなった。



新規結成したバンド、メンバー五人そろったところで、ボーカルくびになりました…


(|||´Д`)




一番最初に私に声をかけてくれた、プロになったリズム隊リーダー。

「ずーっとボーカル探してたんだけど、U-Iしか居なかったよ、U-Iとまた一緒にやりたい!よめちゃんの代わりは居ないから!」

うちは子供いるし、一時保育で預けて平日昼間ならリハ行けると思うけど、風邪や病気になったら呼び出されて途中で抜けることもある、預けられなくなってリハ参加出来ない時もあると思う。
旦那もあーいう仕事だからわかってると思うけど、夏とかは繁忙期でどうしても子供頼んだり出来ないし。

「ガツガツすることがイコールプロ志向じゃないし、当分は路上やショッピングモールとかのライブだけで、一般の人に聴いてもらうから、ライブハウスでのライブもたまにはやるけどね!子供優先で全然大丈夫だから!」

それならって、
パパにも話して、迷惑かけるかもやけどって覚悟決めてやることにした。

とにかく毎日サイトで募集かけ、100人近い人にメッセージ送った。
2ヶ月で最高のギターがメンバーに入り、その友達ベースが入り、ギターが最高のキーボードを探し当てた。


曲作りで私は4曲メロと歌詞を書き上げたところで、クビになった。


( ノД`)…



理由は簡単。
「毎週リハ入りたい。時間って残酷だよ、俺もう33だし。メンバー皆だってそれぞれ夢や目標がある。キーボードだって3年以内に大きいステージ立つって言ってたし、このままだらだらしてたら何も変わらないよ。子供居たら、ツアー回れないでしょ?」



子持ちは趣味でいいじゃんって事らしい。

最初に言ってた話と違うし、子供優先って言葉の意味わかってたのか今となっては疑問。
しかも、うちを口説いたときの活動方針を言ったら、首かしげながら「そんなこといった?」とか、でも、でも、と被せてきて。



でも言ってることはまぁ間違ってないなって頭でも理解したし、私自身この話し合いをする前からうすうす勘づいてたんだ。

それでも、なんとか方法を見つけてうちらなりの活動をしながらやっていこうって思ってもらえるように、思ってくれてると信じて、頑張ってた。



パパが家に居るときは夜出て、一時保育の時間をリハや歌練習や曲作りにあてて、自分の時間けずって、通院や予定があるときは時間ずらしながらタイトに動いて。


でも、楽しかった。ほんの一瞬だけど(笑)










書きたいのは愚痴じゃなくて、私は何をしたいのかってところ。




皆は自分の為に働いて、休日は自分の為に使えるけど、うちは家族のために働いてくれてるパパの時間を貰うか、もしくはお金を払って子供を預けてここに居るんだよ、
うちがどんなに皆と同じ動きをしたくても、出来ないものは仕方がない

そういったとき、

「皆の事大事にしたいんだよね」

そう言われて。私はすでにその皆の中に居なかった事。
そして、
「それじゃ趣味でいいじゃん」


軽々しく言われて悔しかった言葉。


じゃぁなんで子持ちって知ってて私を最初に誘ったの?

「自分でやるって言ったよね?やるってこういうことだから」

言ったけど、それでもって、それでも大丈夫!って言ったやん…

やるってこういうことって、話違うからこういうこともなにもね。

 


なんか、噛み合ってるんだか噛み合ってないんだかのやり取りしながら、正論を突きつけられて、私が悪いみたいになって。

でも一番はやっぱり、趣味でいいじゃんって言葉だった。



子供いるんだから確かに趣味でいいよねって自分で思ってみた。
そもそもなんでプロ?プロになりたかったんだっけ?
なんで悔しかったの?




帰り道、絶対見返してやりたい、と強く感じた。
そんなこと初めてだったけど、なんでだろうと、考えてみた。




私が一番やりたかったのは、完全なる真剣な音楽。
仲間と一緒に、会えないときにはラインを使ってでも「あそこのコードが…」とか、「ここの構成こうして…」とか、そんな話をしあえる仲間。
すぐに音にしてアップして「こんな感じってこと?」って返ってくる。

ここまでやってくれる人とやる音楽は、グルーヴもしっかりして歌ってるとすごく気持ちがいいし、よりいい音楽が出来上がる。

ソロやユニットでは無い、いろんな人間のセンスが加わって、加わった事で自分の発想も広がる相乗効果みたいな、これこそがバンドにこだわる私の求めてる物。


けど、趣味でやってる人とは感じられない、このワクワク感は。

個人的に歌って演奏して楽しいとは思えない私は、どうしても趣味とうたってる人とは満足出来ない。


だからプロ志向の人を探してたんだなって。

満足出来て、ワクワク出来て初めて、人に聴いてもらいたいって思うから。



趣味で十分みたいに言われたとき、私がこの数ヶ月間誰よりも時間をけずって真剣に向き合ってきたのを、否定された気がした。
認めてもらえなかった気がした。
想いや努力じゃなくて、時間があるかどうか。





今となってはこうなってよかったのかとさえ思う。
自分のやりたいことに気付き始めてきたから。





昔マーチングで全国まで行った。
練習は毎日汗も涙もたくさん出して、体いじめぬいて、朝から晩まで皆が皆マーチングの事を考えて過ごしてた。

当たり前のようにご飯のあと練習にいって、指摘しあって。



これこそが楽しかったんだ、それに達成感も感じられて。


これを私は求めてるんだと思う。
今は生活があるからすべてをかけるような形ではないけど、子育てやって、自分のやりたいことも出来るときに真剣にやってって。

私が楽しいと感じられるレベルはここまでしないと無い。






じゃぁ、プロを目指す方向で間違えないんだろうって思った。
というか、普通の仕事は私には出来ないから。


次は、何で目指すかみたいな所。

バンドにこだわる必要はなくて、真剣に向き合って突き詰められるような事ならって。
仕事すること自体はすごく好きだったし。


ただ思うように働けなかっただけ。

LD(学習障害)があるから。




働けなかったのは、不得意なところを頑張って認められようとしていたからだって気付いた。
皆が当たり前に出来ること。たとえば計算とか。
それを一生懸命いろんなもので補いながら努力すれば、ある程度は出来る。
ただ、そんなところにエネルギー注ぐからめちゃくちゃ疲れる。

認められたとき、感じるのはいつだって「不安」と「安心」だった。



皆が普通に出来ることが出来た事への安心感、
努力してる姿を認められた安心感。


怠け者やバカとして生きてきた私からしたら、とてもほっとする。

でも同時に感じるのは不安感。
こんなとこで認められたら、もっと私にとって難しい内容の事を求められる、それが出来なかった時…





今回のバンドでの努力で認められ、感じたのは、「安心」と「喜び」だった。


みんなに、努力してる姿を認めてもらい、技術も認めてもらえた事があった。

コードをいかしたメロが作れてるって言ってもらえた事とか、
曲によって声が全然変わるしレパートリーあってすごい、いろんな曲作って聴いてみたいとか
このメロすごくいい!!と言ってもらえた時とか



安心だけじゃなく、素直に嬉しかった。


褒められた時嬉しいって思えること、あんまり無いから。
むしろ褒められるの昔は嫌いだったし、自分の能力の低さを隠す事ばかりに一生懸命だった20数年を思うと、私はこれを大事にしなきゃいけないんだろうなって感じた。




子育てって仕事は楽しくて嬉しくて、でも達成感とかはちょっと違う。

子供がすごく優しく育ってくれたとして、それは嬉しいけど自分の達成感には繋がらない。
所有物でも私を評価するモノでもないから。

きっと、私自身を大事にしたいって気持ち、私自身を楽しませたいって気持ちが育ってきたのかもしれない。









苦手な事をがんばるんじゃなく、
得意なことややりたいと思ったことを頑張りたい。

補うだけではなくて、伸ばしてみたいって思った。そのための勉強なら頑張りたいし、勉強だって嫌いじゃない。
やってもわかんないし記憶出来ないだけ(笑)




体感する記憶なら覚えられる。





たくさん頑張ったボイトレはいかしたい



楽譜が読めない私が、努力するにしたって初見では無理なのに楽器はさすがにーだけど(^_^;)


感じたり表現する何かなんだろうなって思ったけど、


見る力が弱い私は絵も描けないし←そこがどうなってるのかわからないから見ながら書くとか写し絵みたいなのしか出来ない(笑)

何があるんだろうね




その先は、少しずつ調べたり勉強しながら見つけられるといい。






とりあえずしばらくは、考えながら子育てだけに戻ろうと思う。
でもいつかまた冒険に行く!
こんなことで折れて終わらないもんねー

 

 

 

 

でも、一人で何かをまた1から始めるって、エネルギー居るよなぁ。

音楽する場所突然無くされて、やっぱり悔しいかな。

学習障害

大人LD comments(0) - U-I

 

 

幼少の頃からずっと、どこか周りとは違うというのは感じていたけどそれが何かはわからないままだった。
どうやら私はバカならしい、ともわかっていたけど、漠然としたまま生きてきた。



働いても苦手な所にぶちあたるとどうにも理解が出来ず、結局場所を点々とすることになっていたし、もっと上を目指せと期待を持たれても無理だと断り続けたこともあった。

中途半端だな、何をやっても、と思っていた。




やっと気付いたのは学習障害の存在で、WAISというテストを受けた。
平均が100ならしいけど、私は全体検査IQが83。
中の下。
得意な所と不得意な所の差が激しくてバランスがとても悪く、普通の人の得意不得意を大きく越えた結果であると説明された。
このテストの点数だけではわからない事は多いけど。


得意と不得意を足せば普通になる、とはいかないらしく、私のバランスだと日常生活でも困難が生じてしまうということだ。


周りの人に苦手な所を話してあらかじめ理解してもらい協力や分担を頼まないといけないと言われる。





学習障害は、読む、書く、計算する、などのどれかが出来ないのけど、私はどれも不得意、特に計算とかは、手を使わないと足し算も出来やしない。
理解能力も低く少しでも複雑だとぱっぱらぱー。


学校じゃなきゃ問題なく生活出来るのであればいいのだけど、残念ながら生きてるだけで周りは学習に関するものばっかりで溢れてる。


文章は、飛ばし読み、途中から所々読んでだんだん始めに戻って読む、読んでるつもりで内容が理解していない、一行を繰り返しよんでもわからない、とかがある。

書くのは、ただ文章を書くことはわりと得意と感じているけど、
字は雰囲気で書いてるのでカタカナと平仮名が混ざる、存在しない漢字を書く、一行前は書けた漢字が次には書けないでひらがなで書くとかその逆もある。
書いてみないと似てる漢字はどっちかわからない(牛と午とか)

英単語は見た目で覚えてるので、歯抜け解答をする。文法はもちろん全くわからん。




数字は存在そのものがあやふや。
数を数えるとかはわかるけど、何キロとか、何メートルとか、およその漠然としたサイズすらどれほどのものか理解できてない。




また、二つの事を同時にすることが出来なくて、聞きながら書く事とかも出来ない。
ノートやメモを取ってると、書くことにいっぱいになったり字がわからないところになると話はまったくわからないまま進んでしまって。

だから基本的には学校の授業は、聞けばノートが書けず、書けば授業は聞いてない状態だった。


国語で一人一人段落毎に読む時になると、皆が読んでる場所を指で一生懸命追わないと見失って自分の時に「聞いてませんでした」「わかりません」となるばかり。


一生懸命指でおっていてもだいたい見失って、そうなると今誰かが読んでる所を見つけ出せず焦った。
知らぬ間に皆が違うページに進んでいるのもよくある話。


私の頭的に難しい事は、どんなにかみ砕いて丁寧に何度も教えてもらっても理解不能。

理解出来ないと、何でわかんないの!と怒られることもあるし、逆に「これくらいわかるでしょ?」と教えても貰えないことも多い。




ピアノは4歳くらいから10年近く習っていたし、学校では伴奏もよくしていた。
でも、私は楽譜が読めなかった。
楽譜が読めてないと自分でも気付かなかった(笑)
子供の頃は音符に色をぬっていたからわかったけど、小学校高学年で色を塗るのは止めなさいと先生に言われてから、途端にわけわかんない事になっていった。

中学の吹奏楽部でもそう、綺麗な音を出す事は可能でも、初見で合奏になれば音一つすら出せずお地蔵さま状態で居心地が悪かった。


リズムのみならわかるみたいだから、和太鼓とか、マーチングでベースになったのはよかったみたい。


楽譜が読めないのに伴奏とかが出来たのは、一つ一つの音をドから数えて読みながら、何度も練習し、手と体が場所で覚えてくれたからだった。
楽譜がなくてもどこでもいつでも弾くことが出来た。


体感しないと出来ないってことで、上京してからギター習ったけど、コードは覚える努力しても覚えられない。
曲毎に場所で覚える事しか出来ないから、次の曲で同じコードが出てきても私にとっては<初めて見るコード(記号)>か<みたことあるコード>に見えた。



先生に、場所で覚えてるでしょ!と言われてその時初めて自分でも、場所で覚えてるのかぁとわかったくらい、自分の事がわかっていなかった。


学校では不真面目で通すか、テスト勉強は一時的な丸暗記法でやっていたから、頭のなかにはなんにも入ってない。
空っぽなのが不安で仕方がなかった。

太陽がどちらから昇るか?わからない。
右と左?いちいち頭のなかで箸を持つ手を想像しないとわからない。


検査のレポートにも、『日常生活を送る上での理解や知識はあるものの、学校で学ぶような事柄についての知識や理解は劣る。言葉で考えたり、算数の問題を行ったり、学校で習うような知識を見る言語性検査よりは実際に何か作業を行ったり、絵を見て答えていくという動作性検査の方が得意』
とありました。

『単純作業を行う能力は優れているのに対して、少し複雑になったり難しくなったりするとわからなくなってしまうことが起きるようです。』

その通りで、効率を考えながらひたすら何かをすることは出来るんですが、問題の応用は出来ないし、仕事で言えばすみだしするとか納品するとか、そういうのわけわかめ( ̄▽ ̄;)

その場の対応をしながら進めていくことも出来る。



書類とか、どこに何を書けばいいのか、内容、名前を書くのすらドキドキしながら目の前の紙をじっくり見て確認しなければわからない。


人の話を聞けば、わからない所があったらその先は真っ白だし、土地柄の内容も全く。


他にも、頭の中で考え事しててもどんどん消えていくので永遠と同じことを考えてしまっていたり、視覚過敏で見るのが眩しく苦手だったり、3D?のように奥行き感が変に見えてチカチカしたり…


家では、買い物も、書類書きも、金銭管理もみんな旦那がやってくれる。

一人での買い物なら、店にある全ての棚を全部見て時間をかける。


上に書いてあるじゃんって、友達に言われたけど、
文字を見ても、自分の欲しいものがどの部類に入るのか当てはめたりするのが出来ない。

見て、内容を理解して、自分の欲してるものが当てはまるところを探して、という頭の使う作業よりは、実際に足で出向いて現物見て探す方が疲れない。



文章でこう書けばどれだけでも語れるものの、実際に言葉に気持ちを変換するのが難しいので全く何も話せない。

話していて、意味の間違った言葉を使ってないか、そういうのも、なんとなく雰囲気でしか生きられなかったので自信を持って話せなかったりしてね。




生活する上でブログも日記も手帳も育児記録も細かく書くのは、常に思い出せる所に記憶を置いておく為。
自分のなかでこれはまだ必要な情報かも知れないと思っていれば、しばらくは、少しだけ人との会話で円滑に内容を進めることが出来る。



なにもしてなかった時、何も理解出来てなかった時はたぶん、雰囲気でしか話せない私を「適当なヤツ」と思われてただろうなって。



23歳に結婚してから働いていなかった。

今は自分の特色がわかってきてるから、子育てが終わる頃になったら仕事内容を選んで働くことになるかもしれない。

伝票整理も会計も納品もすみ出しもない、単純作業?清掃の仕事とか?
悲しいけれど…。



今は、バンドをまた始めたけど。
歌いながら自分の音をきこうとすればその代わり別の何かを捨てる事になる。

歌詞を聞けばメロが聞こえなくなるように。

感情を入れようとすれば目を閉じなければいけないように。

ライブで会場の人を見ながら、次は何を言おうかななんて別の事を一瞬でも考えたら、水の中に入ったかのように音が聴こえなくなる。
音が聴こえなければ、音痴な歌しか歌えない。


そんな危うい私だけど、やっぱり音楽はやってみようと思った。
今ならうまくやっていけるんじゃないかと思った。





苦手なことは疲れるので周りに理解してもらい分担し、得意なことをしてくださいとは言われた。


どこまで話すか、なんて話すか、どこまで理解を求めるか、
結構悩んだけど、まずは自分が受け止めて、出来ない事は、出来ないって言える勇気を持つ事から。
なんてね。


もっと若いうちに判明していれば何か変わったのかな、なんて考えない。




最近は、大変だけど、自分の足で生きてるなって思う。
不安で自信の無かった誤魔化しと嘘だらけの自分では、もう無いはず。
 

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